聖武天皇の河口頓宮跡

聖武天皇行宮址石碑の画像

概    要

河口頓宮跡-入り口の画像  JR関の宮駅から南の信号のある交差点を直進して四つ角にでると、左側に「聖武天皇行宮跡」の石碑が見えます。直進してすぐ左側の小高い丘の上に万葉歌稗と大きな石碑が建っています。ここが頓宮跡とされ、昭和6年、三重県によって建立された2.5m程の「聖武天皇関宮宮跡」の石碑が木立の中にあります。

 
大伴家持の詩の画像
  天平12年(740年)聖武天皇が藤原広嗣の乱を避け、都を離れ、伊勢の国に向かい、河口の頓宮に10日間滞在されたことが続日本紀に見られます。即ち「革駕関宮二停御スルコト10箇間」との記録があります。天皇に随行して来た大伴家持は
「河口の野辺に いほりて夜の更(ふ)れば
妹(いも)が袂(たもと)し 思ほゆるかも」
(河口の野辺に仮寝して幾夜も経ったので、妻の手枕が恋しく思われることだ。)

と詠み、これが万葉集にでてきます。
 
頓宮跡看板の画像
  また、平安時代には斎王の帰任の通路となり、河口を通る斎王群行の道すじであったことも明らかになつています。河口の関跡の位置、関跡と頓宮跡との関係、雲出川の渡河点などに諸説はありますが、川口という地が古代からの交通の要衝であったことに変わりはありません。

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川口ふるさとカルタ「し」1の画像川口ふるさとカルタ「し」2の画像

地  図

住所)三重県津市白山町川口字御城