初瀬街道と垣内宿

初瀬街道「垣内宿」の画像

初瀬街道(はせかいどう)

初瀬街道は、京、大和方面と伊勢を結ぶ街道で、奈良県の初瀬を通ることから名づけられたそうです。江戸時代から明治時代には、この道を通る大半は伊勢参宮の人々で、大変に賑わいました。この道が、青山を越えることから『青山峠越え』とか『小倭越え』または、『阿保越え』とも呼ばれました。今も所々に昔の面影を残しており、狭い道路と家並み、常夜灯、道標、石造物などが見られます。

明治16年(1883)の三重県の記録には、初瀬街道の起点を六軒茶屋(松阪市)とし、県内総里程14里16町50間4尺(57km)と記されています。
参宮道者と呼ばれる人たちが、伊勢音頭の声も高らかに、わらじ、きゃはん、端折り笠(つまおりがさ)姿で1日8~10里(約40km)の道程で旅を続けました。

  • 端折り笠(つまおりがさ)  :端を下に折り曲げた菅笠(すげがさ)
初瀬街道「垣内宿」道標の画像

初瀬街道「垣内宿」道標

初瀬街道-常夜灯1の画像

初瀬街道-常夜灯1

初瀬街道-常夜灯2の画像

初瀬街道-常夜灯2


現在の街道なごりの画像

現在の街道なごり

初瀬街道-町並み1

現在の町並み1

初瀬街道-町並み2の画像

現在の町並み2

初瀬街道の「街道詳細地図」

初瀬街道の街道地図(松阪市六軒~奈良県初瀬)が下記に掲載されています。
興味のある方は、下記リンクご覧ください。

三重県内(六軒~名張)
「みえの歴史街道」のウォーキング・マップ
『初瀬街道』(PDF)
奈良県内(名張~初瀬)
青越え伊勢街道(初瀬街道)ウォーキングマップ

垣内宿(かいとじゅく)

伊賀の国から伊勢の国へ入る峠の「青山越え」から3里ほど下ったところ、雲出川支流垣内川の上流部にある宿場町です。峠を越える英気を養うため、あるいは越えてきた疲れを癒すための宿場でした。
  慶長17年(1612)の成願寺文書に「かいと郷」とあり、村高は元禄、天保郷帳ともに90石余。家数65軒、人数320人、馬15頭、牛2頭、と小村ではあるが青山高原の東麓に位置するため、初瀬街道の宿場町としてにぎわいました。宿場の中央部には問屋ができ、屋号を持つ商家が31軒並び、中ほどに10数軒の旅籠屋がありました。特に江戸時代には参宮の旅人が増し、農家でもいろいろな餅や饅頭を作つて売つたり、峠近くの「伊勢茶屋」に卸したりしていました。明治に入ると一番乗りに郵便局が開設されました。
  江戸時代には島津家久、本居宣長、伊能忠敬氏等有名人が利用しており、特に文化5年(1808)12月には伊能忠敬氏がこの街道を測量し、垣内に宿泊して、後日「初瀬街道図」を完成しています。この「測量日記」のほか幕府巡検の来郷や「おかげ参り」などが増え、人々の往来記録があり、賑わつた街道や宿場の様子を物語つています。

垣内宿-町並みの画像

垣内宿-町並み

垣内宿-商家「田川」の画像

垣内宿-商家「田川」

垣内宿-商家「もちや」の画像

垣内宿-商家「もちや」

地  図

住所)三重県津市白山町垣内